バギオで出逢った、アーティストの生活。
フィリピンのバギオにはアーティストが多く住み機会があると彼らの生活に触れる事が出来る。
今回は、そんな彼らの生活に呼ばれてバギオの校外に向かった。
フィリピン人の友人に赤子の手をひくように連れて行ってもらったので場所は詳しい行き方は全然頭に入っていないし、1人で行くには自身がなさすぎるんだけどジプニーを何度か乗り継いると到着した場所は、なんとも落ち着いた山の中だった。
ジプニーが走る通り(と言ってもすでに日本人は来ないだろう片田舎)から家までは5-10分程度、森を歩いて行くんだけど、まるでおとぎの世界だ。どんな家との出逢いが僕らを待っているのかワクワクしながら山道を駆け上がる。
友人の話だと家の主は建築家でクロアチア人、育った場所はドイツという経歴のZelimirさん。
と、彼の奥さまなんだろうか、それともパートナーなのかな?深い話は聞かなかったけどフィリピン人のJonitaさんお二人。一緒に食事をしましょうと誘って頂いた。
特に、Jonitaさんはバギオのアーティストカルチャーを牽引する存在だそうで昔はセッションロードでBARを開いていたそうだ。そこでZelimirさんに出逢ったと話てくれた。
以前に出逢ったバギオのアーティスト、ルーベン(バギオで出逢ったアーティストの暮らし。)も、彼らの仲間だった。
バギオの山で暮らすアーティスト達
最初は何もなかった場所に自分たちで森を作るところから始め、家を建てたそうだ。
僕は最近、自分たちで家を立てる人たちとの出逢いが不思議と多い。
部屋づくりは何度か経験があるけど、安易に想像出来る家づくりの苦労。。。二人の家の近くにも自分たちで家を建てて暮らしているアーティストが何人か居ることを教えてくれた。
家の様子を少し動画にもまとめたので、良ければどーぞ。
人の笑い声と生活が似合うとても素敵な家。
『きっと、生きる日常はなによりも美しい。』
これはブログのサブタイトルにしている言葉で、僕は生活に興味がある。
なにものにもとらわれず自分たちが好むものを大切にしながら生きる人達に強く興味を惹かれる。
アーティスト達は美味しい食事を知っている。
「暮らし」を大切にするアーティストに必ずといっていいほど共通するのが愉快な仲間達と美味しい食事だ。
人が集まり出逢う場を楽しむ彼らだからこそ、そんな場所をコーディネートすることにも長けている。きっと、必ず手作りの何かを僕に振る舞ってくれるはずだと、家に向うワクワクは食事に対するワクワクだったりするのも正直なところ。
彼らが僕に振る舞ってくれたのは、パパイヤを始めとする手作りのワイン達や庭で取れた果物?(イモ科の甘い何か)だった。どれも手作りで体に心地よく、気持ちの落ち着く時間が流れる。
彼らの家に来る前に僕らはバギオのパブリックマーケットに立ち寄りニワトリを絞めてもらった。それを調理するフィリピン人の友人もまた、「暮らし」や「出逢い」を大切にするアーティスト。この後に振る舞われた料理はすべて彼が用意してくれたし、チキンスープは最高に美味しかった。
暮らしがあるから美しい
人が本当に暮らしている場所とオシャレなカフェには圧倒的な違いがあるように思う。
もちろん、どちらも居心地がよく気に入った場所になるんだけど、家に招かれ実際の生活を見せて貰える事はとても特別な感じがしてその家の家主をより深く知りたいという気持ちにさせてくれる。
彼らの様な、「暮らし」を大切に生きている人達はバギオにかぎらず、フィリピンにも、そしてもちろん世界中に沢山いるだろう。それぞれの好きを長い時間を掛けて重ねていく生活はどんな場所にあってもきっと特別だ。
新たな出逢いと笑顔が交差する家の中で、僕達が学べる事は多くある。
近代的な発展だけがフィリピンの素晴らしさではないと思う。
その土地を大切に、暮らしをクリエイトしているバギオのアーティスト達と出逢う事によってさらにフィリピンの文化にも興味を持つようになってきた。
まだまだ、僕がフィリピンから学べる事は多い。